・IMFの女性が日本を救う について
単純化すれば理解しやすいと思う。
日本が仮に10人で構成される国家とする。
1 0~20歳で男女1名づつ。
2 20~40歳で男女1名づつ。
3 40~60歳で男女1名づつ。
4 60~80歳で男女1名づつ。
5 80~100歳で男女1名づつ。計 5×2 で 10名。
0~20と、60~80と、80~100歳にあたる非生産人口が合計で6名いるとしよう。
20~60歳の生産人口は4名だ。
そのうち男性と女性が2名づつ。
女性は1人だけが働いてたとすると実際に生産活動を行なっていたのは3名となる。
主婦としての活動、つまり家事や子育てが生産活動ではないと言ってるのではない。
一先ずその点は後に説明するとして話を進める。
各自10名が生存するために消費コストとして1が必要とする。
そして資源が3あると仮定する。
生産活動を行なっている3名はそれぞれ資源1に対して5倍に増やす活動を行なっていた。
つまり、資源を3→15にする事で国民全体の維持コスト10に加え、余剰コスト5が発生していた。
5も余剰がある!日本金持ち!
しかし、高齢少子化による人口構造が変わってしまい非生産人口が10人中7名から8名になってしまった!
となると、資源3に対して生産活動で生み出されるコストが10にしかならない。
これにより国民全体の維持コスト10を賄うのがやっとになってしまった。
更に生産効率まで下がってしまった。
これは為替レートや他国の生産能力向上による相対的国際競争力の低下が原因だ。
いままで生産活動を行えば5倍の結果を得ていたのに、今では4倍がやっとこになってしまった。
これにより国民の維持コストである10を下回る、生産結果8しか生み出せなくなってしまった。
これを打開する術として生産人口を増やす方法が考えられた。
非生産人口のうち最もその生産能力が高いとされていたのは20~60歳の女性だった。
20~60歳の女性は2名居たけど、そのうち1人は既に生産人口に加わっていたので、もう1名も加えることにした。
すると生産人口が4名に回復し、国民の維持コストである10をクリアできるようにしようと言うのがIMFの言いたい事だ。
疑問1.何故今まで日本には高い生産効率を生み出す条件が揃っていたのか
日本は戦後$1=360円という超円安レートで海外に物を売りまくった。
IMF体制直後のこのレートはやや円高とも言える、あまり良い条件ではなかった。
しかし、その後このレートは日本の経済成長とは連動せずに超円安という状態を引き起こした。
このおかげで日本は非常に強い国際競争力を維持することが出来た。
疑問2.主婦は完全な非生産人口ではないのではないか
家事や子供の教育は人間が生活するために欠かせないもので、それを担ってきた人達は決して生産活動を行わなかったわけではない。
しかし、結論から言うと社会に出て働いていた人間と比較し著しく低い生産結果しか残せていないという認識だ。
恐らく多くの主婦は社会に出ている人間と遜色ない生産性を持っていると言える。
また、一部の主婦においては、具体的に言うと5人の子供を育て、地域社会に貢献し、親の面倒まで見ていたような主婦は多くの社会人を遥かに上回る生産性を持っていたとも言える。
しかし、一部の主婦は完全に、又は一般的な社会人の半分以下の生産性しか生み出していなかった。(厳密に言うと、その生産性に比べて消費活動の比重が非常に高い人達が居た)
では各々が隣の家の家事や子育てを家政婦として給与を得て、同じく給与を支払った場合は結果は同じではないかという疑問があると思うが、これは間違っている。
まず所得が発生すると国家は税制という形でそれらをコントロールできるようになる。
例えば、育てている子供の数に比例して免税措置を行えば、子供を生むインセンティブになるだろう。
介護をしたり地域ボランティア活動を行なっていたりなど、この工夫はいろいろな形で応用できる。
疑問3.既存の余剰コストはどこに消えていたか
一つは教育コスト。教育に関しては男女間でそれほど差異の無いコストが支払われていた。
「いいか わるいか」という側面を無視して、「得か損か」という観点で考えてみる。
これから生産人口となる人間に対する教育コストは見返りのあるコストであるのに対し、生産活動を行わない人間に対する教育は金をドブに捨てているのと同義である。
また、長い期間生産活動を行う人間に対し、短い期間しか生産活動を行わない人間に対する教育コストについても同じ事が言えるだろう。
そもそも世界的にみてこれほど文明的で、識字率も高く、犯罪発生率も低かった国家は人類史上存在しない。
文明的というのはもちろん富の象徴である。
識字率というのは、教育水準の高さが前提となり、教育水準の高さは高度な生産活動の前提条件である。
犯罪発生率は景気に反比例するのは歴史的に見ても、地域的に見ても普遍的事実だ。
これは規模で言えば国家とは言わず地域レベルも言えるし、どの時代においても言えることだ。
精神的余裕の無さから生じる犯罪、物質的余裕の無さから生じる犯罪が犯罪の仮に5割(もっと高いと思うけど)を占めたとして、これが経済的余裕により軽減されるのは容易に想像出来ると思う。
疑問4.何故国家(政治家)はその意義を明確にしないのか
まず誤解があるが明確にしている。
発言はしていないが我々にとって政治家の発言なんかよりもより直接的に影響のある『税制』にその意志が示されている。
(一部の政治家は露骨に「専業主婦は病気」などと発言し、マスコミはそれを「失言」として報道していたが、あれを失言と思う人間は国家にとって癌だ。まぁあの政治家も癌っぽい気がするがw)
扶養控除減額、逆進性の高い消費税の増税などが何を意味するのか少しだけ考えてみれば誰でも理解できると思う。
ここで思い出して欲しいのが「いいか わるいか」という側面は直接「得か損か」に繋がっているということ。
「得」をして余裕がある人間は「わるい」事をする可能性が減る。
「損」をして余裕が無い人間が「いい」事をする可能性が減る。
つまり、国家として損をする存在は「わるい」存在となる。
教育コストを費やしたにもかかわらず、短い期間、又は全く生産活動を行わない人間は「わるい」人間と言える。
ただ、だからと言って『教育を受けたのに。具体的に言うと国立大学4年間通って、税金400万も使って社会出ないような奴は400万脱税したクズが及ぼす国家に対する不経済と同じです。だからそいう奴は悔い改めて働いて税金納めて税制のコントロール下に入れ』って言うと何かやだよね。
かなり掻い摘んだ上に、やや強引な三段論法で説明したが要約としてはこんな感じ。
・真犯人がメールで告白してきたアレ
「押下すると勝手にメールが飛ぶ」といったリンクを2chで踏んでしまっただけで逮捕されたようだ。
ちなみにそのリンク、日本で作れる人は10万人ぐらい居ると思う。
俺だって簡単に作れる。いくつもの経路、いくつもの方法が簡単に思い浮かぶ。要はIT業界に10年ぐらい居る人間ならバカでも作れるようになるようなレベルの話ってわけ。
そしてそれに警察がまんまと騙される状態って実は非常にヤバイんじゃないかなと思う。
IMFの事で力尽きたので今日はもういいや・・・。
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