2005年5月13日金曜日



もう2,3時間の残業はデフォと諦めてはいるが、かといって疲れなくなったわけではない。


憂鬱な気持ちを更に深くさせたのは地下鉄の駅の出口から覗いてる雨模様だった。


「洗濯は明日だな」


俺は傘をさし煙草に火をつけた。








私はいわゆる盲人で安全杖無しでは一人で外出する事は難しい。


周りの状況の判断はほとんど聴覚に頼っている。


やっとの事で電車から降り、あと数分で家に着こうという所で突然の夕立に襲われた。


今朝嫁に言われた言葉が浮かび上がる。


「あなた、傘持って行った方がいいわよ。雨ふるかもしれないわよ」


嫁の意に反して傘を持たずに出たらこの有様だ。


雨に打たれる事よりも、嫁に言われるだろう小言を思うと憂鬱になった。











駅を出てすぐ一人の老人が目に付いた。


彼は盲人だろうか。杖で地面を探るようにして歩いていた。


それより気になったのがこの雨の中傘もささずに歩いている事だ。


私は思わず駆け寄った。











小走りに誰かが近づいてくる。


そして斜め後ろから突然声をかけられた。


「傘二つあるんで使ってください」


20代ぐらいの青年だろうか。


杖を持っていない方の手に無理やり傘を握らせ、彼は去っていった。


あまりにも突然の出来事で「ありがとう」と言うのが精一杯だった。











もちろん傘なんて一つしか持ってなかった。


けど、傘を渡しびしょ濡れになりながらも俺は清々しい気持ちになっていた。


さっきまであんなに憂鬱だった心が天気とは裏腹に澄み渡っていた。











二つあると言ったあの青年は私に傘を渡すと小走りに駆けて行った。


それは元々傘など一つしか持っていない事を物語っていた。


しかし突然訪れた人の優しさに触れ、先ほどまでの鬱蒼とした気持ちは無くなっていた。


傘を持たなかった事で出会えた喜びに、私は恐縮ながらも感謝した。





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